受験科目としてだけではなく、言葉としての英語の魅力を伝えていきたい(Yu先生)
悔しい失敗がバネになった
「英語を教えようと思ったきっかけは?」
学生時代に個別指導のバイトを頼まれたときに「教えるって面白いな」と思ったんですが、それはきっかけというよりはただの思い出かな。結局は翻訳者になりたくて大手自動車会社の翻訳業務を担当する仕事に就きました。
日々翻訳を頼まれるのですが、周囲で働いている人もそれなりの英語教育を通過してきたはずなのに、どうして英語を自分で書かないのだろうか、という疑問を抱くようになりました。実はこの疑問こそが英語教育に携わるきっかけだったと思います。
今の英語教育システムでは、きっと受験英語としての英語しか身につかず、メールを書いたり、気持ちを伝えるようなライティングを身につけるには至らないのだな、と思いました。
そしてある日、翻訳業務以外に通訳を頼まれたことがありました。通訳ではあまり良い結果は残せず、大変悔しい思いをしました。やはり自分も受験英語の枠を越えていないなと再確認したと同時に、義務教育や受験だけでは生きた英語が身につかないという現状を変えたい、そういう気持ちが芽生えました。
英語教育に興味を持ったものの、私には海外経験がなかったので、まずは自分が英語の魅力を現地生活を通じて知ろう!と思い翻訳の仕事を辞めて留学しようと試みました。
「安定した仕事を辞めて教育に転身というは、大胆ですね!」
どうなんでしょう。実は資金面で挫折して留学は一旦保留になってしまいまして……。生活のためにも予備校で働き始めました。個別指導で英語を教える仕事でした。一方で週末にはTESOL(英語教授法)を専門で学ぶティーチャーズカレッジに所属して教授法に対する理解を深めました。週末に学んだ内容を、平日に即実践できるという環境は良かったと思います。
バイトで経験した個別指導で教育の道へ
個別指導ではカリキュラムを自分の裁量で作成できたので、受験を見据えた英語を扱いつつ、言葉としての英語の魅力を伝えられるように授業を工夫しました。そこでティーチャーズカレッジで学ぶ教授法を取り入れて生徒からのフィードバックを得るという生活を送り続けました。生活のために始めた予備校ですが、気がつくと今年で8年目になっていました。
「個別指導では工夫なさったということですが、
どんな工夫だったのでしょうか。」
一例としては、単語を単語として覚えさせるだけではなくて、その背景にある知識などを説明するようにしました。もちろん中には受験英語だけがやりたい生徒もいるので、そういったニーズにも応えるようにしました。生徒一人一人に合わせて教え方や内容を変えていけることが個別指導の良い面でもあり、一方で教える生徒数はどうしても少なくなってしまうので、自分の教え方に対するフィードバックの「量」という点では少ないかなと思っています。どうしてもグループに対して教える場合よりもフィードバックが少ないのが、個別指導の特徴かなと思います。もちろん得られる質は良いとも思いますので、どちらがどうということではないのですが。
教育への想いを胸にニューヨークへ
「今後も予備校での個別指導が続きそうですか?」
いえ、やはり「自分に海外経験があれば、もっと密に英語の魅力を伝えられるのではないか」という気持ちと、純粋に海外で暮らしたいという気持ちが残っているので、今年からはニューヨークで日本人の子供達に学習指導する職に就く予定です。そこでは日本に帰国してから生徒が受験や日本のカリキュラムについていけるような指導をすることになります。
そこでは個別指導ではなく少人数制のグループレッスンになる可能性が高いです。
現地の学校からは「親の信頼を得る」ことの大切さを伝えられているので、レッスン内容においても、レッスン外でも、これまでとは少し違った挑戦がありそうです。
「面白い経験が積めそうですね!
帰国したらBefore/Afterをインタビューさせてください」
はい、よろしくおねがいします(笑)